ロジャー・フェデラーのキャリアを振り返るとき、たいていの人はグランドスラムの数やワンハンド・バックハンドの美しさを語る。でも意外と知られていないのが、2013年から2014年にかけて彼がラケットのフェイスサイズを変えたという地味な出来事だ。派手さはないが、その後の巻き返しを支えた土台の一つだと思う。
90平方インチという聖域
2013年はフェデラーにとってキャリア屈指の不振の年だった。ウィンブルドンで早期敗退し、世界ランキングは年末時点で6位まで落ちた。慢性的な腰の痛みも抱えていた。ナダルやジョコビッチが強烈なトップスピンとフットワークでツアーを塗り替えていく中、フェデラーは長年使い続けてきた90平方インチのラケットを握ったままだった。
ウィルソンのプロスタッフ・シリーズが誇るこの小さなフェイスは、かつてピート・サンプラスが、そして若きフェデラーがセンターコートを支配した象徴だった。芯を外すと厳しいが、捉えた瞬間の打球感はほかに代えがたい。木製ラケットの感触に近いと言われることもある。ただ、ラリーが長く重くなっていくモダンテニスでは、このスイートスポットの狭さが弱点になっていた。ナダルの跳ねるトップスピンをバックハンドで捉えるたびにフレームショットが出る場面が目立つようになっていた。
一シーズンをかけた試行錯誤
2013年夏、フェデラーはハンブルグとグシュタードの大会で98平方インチの試作ラケットを実戦投入している。ただこの年は結局90平方インチに戻してシーズンを終えた。フェイスを大きくする決断は一度で下されたものではなく、シーズンをまたいだ試行錯誤の結果だったようだ。
同じ2013年12月27日、フェデラーは新コーチとしてステファン・エドバーグの就任を発表している。エドバーグとの本格的な帯同が始まるのは翌2014年の全豪オープンから。ラケットのほうは、このオフシーズンのあいだにウィルソンとの共同開発でフェイスサイズが97平方インチに落ち着いた。フレームの厚みを増やしつつ、プロスタッフらしい操作感はできる限り残す仕様だったという。この新しいラケットが公式戦で初めて使われたのは2014年開幕戦のブリスベン国際だった。
取り戻した攻撃性
2014年シーズン、フェデラーのバックハンドは目に見えて攻撃的になった。ナダルのバック攻めに押し込まれるのではなく、前に踏み込んでライジングで打ち返す場面が増えている。かつて苦手にしていた高い弾道のボールが、むしろ叩きやすい球に変わっていった。
この移行から3年後、2017年全豪オープン決勝でナダルを最終セットで逆転したときのバックハンドは、この新しいラケットで積み上げてきたものだ。もし2013年のオフシーズンにフェイスサイズを変えていなければ、その後の20回のグランドスラム制覇も、36歳での世界ランキング1位返り咲きも、たぶん違う結末になっていたはずだ。
90平方インチという長年の相棒を手放し、97平方インチという新しい道具を選んだこと。劇的な一夜の決断というより、一シーズンかけた地道な模索の末にたどり着いたものだった。それが、のちに『Wilson Pro Staff RF97 Autograph』として世界中のファンに愛されることになるラケットである。
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※RF97 Autographはすでに廃盤のため、現在は中古品での流通のみとなっている。プロ選手が実戦で使う「プロストック」仕様は市販モデルと細部が異なる場合がある。上記は掲載時点の在庫・価格であり、変動する。現行の後継モデルはPro Staff 97 V14.0。
アイキャッチ画像: Photo by slgckgc / CC BY 2.0, via Wikimedia Commons







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