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80試合の対話 — エバートとナブラチロワが遺したもの

80試合の対話 — エバートとナブラチロワが遺したもの コラム
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テニスの歴史には数え切れないほどのライバル関係があるが、対戦回数で並ぶものはない。クリス・エバートマルティナ・ナブラチロワは、1973年から1988年までの15年間で80回顔を合わせた。しかもそのうち60試合が決勝である。トーナメントの最終日に、同じ二人が何度も何度も向かい合う。それが1970年代後半から80年代の女子テニスの日常だった。

通算成績はナブラチロワの43勝37敗。決勝に限れば36勝24敗。数字だけを見ればナブラチロワの優位だが、この6勝差にたどり着くまでに何が起きたのかが、この対決を史上最も語られるライバル関係にしている。

ベースラインと、ネットの前と

二人のテニスは、対比のために用意されたかのように違っていた。

エバートはベースラインから動かない。両手打ちのバックハンドを武器に、深く正確なストロークで相手のミスを引き出すカウンター型だった。一方のナブラチロワは左利きで、サーブを打った勢いのままネットへ詰めるサーブ&ボレーの攻撃型。前に出る者と、下がって待つ者。左と右。攻めと受け。テニスというスポーツが持つ二つの解答が、そのまま人の形をとって対峙していた。

この違いはサーフェス別の成績にそのまま表れている。ナブラチロワは芝で10勝5敗、屋外ハードで9勝7敗、屋内コートで21勝14敗とリードした。球足が速く、ネットプレーが報われる場所である。対してエバートが唯一上回っていたのがクレーコートで、11勝3敗。球が跳ね、ラリーが長引き、忍耐が武器になるコートでは、待つ者が勝った。

逆転した力関係

最初の6年間、この対決を支配していたのはエバートだった。1973年から1978年まで、エバートは年間対戦成績で上回り続けている。

流れが変わるのは1979年、そして決定的になるのは1981年前後だ。1979年、および1981年から1988年まで、年間成績で上回ったのはすべてナブラチロワだった。最初の6年をエバートが、そこから1979年以降のほとんどをナブラチロワが握る。同じ二人の対決が、途中で色を変えたのである。

四大大会での対戦は全体でナブラチロワの14勝8敗、決勝に限れば10勝4敗。最も大きな舞台ほど差が開いた。ただし通算のグランドスラム・シングルスのタイトル数は、二人とも18勝でぴたりと並んでいる。直接対決では差がつき、キャリア全体では並ぶ。この奇妙な均衡もまた、この関係の一部だ。

1984年全米、6連続優勝の夜

ナブラチロワの支配が頂点に達した試合として記憶されるのが、1984年の全米オープン決勝である。スコアは4-6, 6-4, 6-4。第1セットを落としながら、ナブラチロワが競り合いを制した。

この勝利によって彼女は全米連覇を果たすと同時に、四大大会6大会連続優勝を達成した。マーガレット・コート、モーリーン・コノリーが持っていた記録に並ぶ数字である。相手が誰であってもおかしくなかった記録の節目に、やはりエバートがいた。

1985年全仏、待つ者の反撃

その翌年、パリで起きたことが対になっている。1985年の全仏オープン決勝、エバートが6-3, 6-7(4-7), 7-5で前年覇者ナブラチロワを下した。試合時間は2時間52分。

この時点でエバートは、1981年以降の直近23戦で20敗を喫していた。しかも直近4回の四大大会決勝はすべてナブラチロワに奪われている。誰の目にも力関係は明白だった。その状況で、最終セットを7-5で振り切ってパリのタイトルを手にした。エバート自身が後年、これを自身の最高の勝利と語ったとされる一戦である。

攻める者が最も速いコートで頂点を極め、待つ者が最も遅いコートで反撃する。二つの決勝は、二人のテニスの本質をそのまま結晶させている。

コートを降りたあとに

15年80試合を戦い終えた二人は、引退後に親しい友人になった。そして2020年代、二人がそれぞれがんの闘病を経験したとき、その関係はさらに別の段階へ進む。

ナブラチロワはWTA公式サイトの記事でこう語っている。

“I think because of what we went through in tennis, we knew what the other one was going through, the losses and the wins. We always had a deep empathy for each other because we knew what it took.”

(テニスで経験したことがあるからこそ、相手が何を通り抜けているのかが分かる。負けも、勝ちも。私たちはいつもお互いに深く共感していた。それに何が必要かを知っていたから)

そして二人が連名で発したメッセージが、この物語の結びにふさわしい。

“We’ve been in many on-court battles…But now we’re teaming up to battle together.”

(私たちはコート上で何度も戦ってきた。でも今は、一緒に戦うためにチームを組んでいる)

80回向かい合った相手だけが、自分が何を通り抜けてきたかを知っている。ライバルとは、最も長く自分を見ていた人のことなのかもしれない。

出典: Evert–Navratilova rivalry (Wikipedia) / 1984 US Open – Women’s singles (Wikipedia) / 1985 French Open – Women’s singles (Wikipedia) / WTA公式

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