TENNIS CHRONICLE · PLAYER ENCYCLOPEDIA
シュテフィ・グラフ

採用画像の出典・加工情報
参照写真:Mark Henckel(撮影)、César(既存のトリミング・修整)/ Wikimedia Commons「Steffi Graf in Hamburg 2010 (cropped).jpg」。2010年ハンブルクでのチャリティーテニス大会の写真(現役引退後)。出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Steffi_Graf_in_Hamburg_2010_(cropped).jpg / CC BY-SA 2.0:https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/ 。採用画像はユーザー指定の生成AI編集・再構成を含む合成ビジュアル。人物像の再構成、背景・文字・ドイツ国旗・WTA識別表示の合成を含みます。参照写真のライセンスに合わせ、加工画像もCC BY-SA 2.0で提供します。
選手概要
- 1988年に年間グランドスラムとソウル五輪シングルス金を獲得し、年間Golden Slamを達成。
- 四大大会シングルス22勝、WTAシングルス107タイトル。
- 強烈なフォアハンド、片手バックハンドのスライス、素早いコートカバーが持ち味。
- 1987年に世界1位へ到達し、通算377週在位。1999年に現役引退。
四大大会シングルス22勝 / WTAシングルス107勝 / 1988年ゴールデンスラム
確認日:2026年10月6日
情報源を見るプロフィール
| ツアー | WTA/女子 |
|---|---|
| 主な活躍年代 | 1980年代・1990年代 |
| ステータス | 引退 |
| 国籍 | ドイツ |
| 生年月日 | 1969年6月14日 |
| 身長 | 175cm |
| 利き手 | 右利き |
| バックハンド | 片手打ち |
| 自己最高ランキング | 世界1位(1987年8月17日初到達) |
主要成績
| 大会 | 最高成績 | 該当年 |
|---|---|---|
| 全豪オープン | 優勝(4回) | 1988年・1989年・1990年・1994年 |
| 全仏オープン | 優勝(6回) | 1987年・1988年・1993年・1995年・1996年・1999年 |
| ウィンブルドン | 優勝(7回) | 1988年・1989年・1991年・1992年・1993年・1995年・1996年 |
| 全米オープン | 優勝(5回) | 1988年・1989年・1993年・1995年・1996年 |
| WTAシングルス | WTAツアーシングルス:通算107タイトル |
|---|---|
| 主要実績 | WTAファイナルズ/年末ツアー選手権:優勝(1987年・1989年・1993年・1995年・1996年) / ソウル五輪女子シングルス:金メダル(1988年) / 年間Golden Slam:達成(1988年) / 世界ランキング1位:通算377週(女子の最多記録) |
主要成績の確認日:2026年10月31日。
キャリア年表
年号を選ぶと、その時代の詳しい経歴へ移動します。
- 1982 — 13歳でプロ転向。
- 1983 — 全仏オープン本戦に出場。
- 1985 — 全米オープンで準決勝に進出。
- 1986 — ヒルトンヘッドでWTAシングルス初優勝。
- 1987 — 全仏で四大大会初優勝。8月17日に世界1位へ到達。
- 1988 — 四大大会すべてとソウル五輪シングルス金を獲得し、年間Golden Slamを達成。
- 1989 — 全豪、ウィンブルドン、全米で優勝。
- 1990 — 全豪3連覇。全仏決勝ではモニカ・セレスに敗れる。
- 1991 — ウィンブルドンを連覇(1991〜1992年)。1992年全仏は準優勝。
- 1993 — 全仏、ウィンブルドン、全米で優勝。年末世界1位に復帰。
- 1994 — 全豪で4度目の優勝。
- 1995 — 1995年と1996年の両年とも全仏、ウィンブルドン、全米を制覇。
- 1998 — Children for Tomorrowを設立。
- 1999 — 全仏で22個目の四大大会シングルスタイトル。ウィンブルドン準優勝後、8月13日に引退を発表。
- 2000 — Farewell World Tourのエキシビションで伊達公子と対戦。
- 2004 — International Tennis Hall of Fame入り。
キャリアを振り返る
1980年代前半の台頭
幼少期に父親からテニスを教わったグラフは、1982年に13歳でプロへ転向した。翌年には全仏オープン本戦を経験し、1985年の全米では準決勝へ進んでいる。早くから大舞台へ出た選手だが、最初のWTAタイトルを獲得したのは1986年のヒルトンヘッドだった。決勝でクリス・エバートを破ったこの優勝は、当時の女子テニスを支えていた王者たちと、タイトルを争う立場に移った節目となった。
1987年の初GSと世界1位
1987年の全仏オープン決勝ではマルチナ・ナブラチロワを破り、初めての四大大会決勝で優勝した。同年8月17日にはWTAランキングの世界1位へ到達。年末のツアー選手権も制した。全仏優勝と世界1位到達は1987年の出来事で、翌年のGolden Slamに先立つ。長くエバートとナブラチロワが争っていた頂点に、18歳のグラフが加わった年だった。
1988年の年間グランドスラムとGolden Slam
全豪ではエバート、全仏ではナターシャ・ズベレワ、ウィンブルドンではナブラチロワを決勝で破った。クレーでの勝利に加え、前年に敗れた芝の決勝でも頂点へ立ち、全米に年間グランドスラムを懸けて臨んだ。決勝の相手はガブリエラ・サバティーニ。6-3、3-6、6-1で勝ち、同じ暦年の四大大会シングルス全制覇を完成させた。
1988年全米オープン決勝
サバティーニとの決勝ハイライト。年間グランドスラムを完成させた試合を振り返る。ソウル五輪での完成
全米の後に行われたソウル五輪でも、女子シングルス決勝でサバティーニを破って金メダルを獲得した。四大大会と五輪シングルスを同一年に制したこの達成が、年間Golden Slamである。年をまたぐ生涯Golden Slamとは区別される。19歳での五冠はグラフの経歴を象徴するが、その後も十年以上にわたって四大大会決勝へ進み続けた点も見逃せない。
1989〜90年の支配期
1989年は全豪、ウィンブルドン、全米の三大会で優勝し、1990年の全豪で大会3連覇を達成した。1987年全仏から1990年全仏まで、四大大会シングルスで13大会連続の決勝進出を記録している。1988年の一季だけを切り取るより、この連続した決勝進出を合わせて見ると、異なるコートでも優勝争いから外れなかった当時の強さが伝わる。
セレスとの競争と芝での立て直し
1990年の全仏決勝ではモニカ・セレスに敗れ、1991年にはセレスが世界1位に上がった。1992年の全仏でも両者は決勝を争い、グラフは最終セット10-8で敗れている。一方、ウィンブルドンでは1991年にサバティーニ、1992年にセレスを決勝で破って連覇した。セレスがほかの四大大会で成功を重ねる時期にも、グラフは芝で頂点を守った。二人の競争は、バックハンド側でスライスを多用するグラフと、両側から早い打点で攻めるセレスというプレーの違いからも読むことができる。
1993〜96年の主要大会での成功
1993年は全仏、ウィンブルドン、全米で優勝し、年末世界1位へ戻った。1994年には全豪で4度目の優勝。さらに1995年と1996年も、それぞれ全仏、ウィンブルドン、全米を制した。セレスの離脱を含め、この時期の競争環境は変化しており、成績だけから両者の優劣を単純に決めることはできない。そのうえでグラフ自身は、アランチャ・サンチェス・ビカリオらとの決勝を勝ち切り、1995年と1996年の全米では復帰したセレスとタイトルを争っている。1980年代の王者が、1990年代半ばにもクレー、芝、ハードの三つで優勝を重ねた時期だった。
1999年の全仏オープン
膝や背中の故障で出場と成績に影響を受けた時期を経て、1999年の全仏で再び決勝へ進んだ。リンゼイ・ダベンポート、セレスを破り、決勝ではマルチナ・ヒンギスと対戦。第1セットを失い、第2セットでもヒンギスが5-4で優勝を懸けてサーブする場面があったが、そこから逆転し、4-6、7-5、6-2で勝った。全仏では6度目、四大大会シングルスでは22度目の優勝で、最後のGSタイトルとなった。最初のGSを取ったパリで、12年後に最後の優勝を飾っている。
引退とその後
1999年はウィンブルドンでも決勝へ進み、ダベンポートに敗れて準優勝だった。同年8月13日、30歳で現役引退を発表した。Roland-Garros公式が紹介する本人の回顧では、ウィンブルドン後に大会へ向かう楽しさを感じられなくなったことを語っている。故障の履歴とともに、本人が競技を続ける気持ちをどう受け止めたかも、引退の背景に含まれる。
Farewell World Tourと殿堂入り
引退後の2000年にはFarewell World Tourのエキシビションを行った。アイキャッチは、2010年にハンブルクで撮影されたチャリティーテニス大会の写真を参照し、生成AIで編集・再構成した合成ビジュアルである。2004年にはInternational Tennis Hall of Fameへ迎えられた。公式資料で確認できる引退後の活動には、テニスのエキシビションに加え、現役中に立ち上げたChildren for Tomorrowでの継続的な支援がある。
プレースタイル
アグレッシブ・ベースライナー
「フロイライン・フォアハンド」と称された強烈なインサイドアウトのフォアハンドが最大の武器。バックハンド側へ回り込み、対角へ打ち抜く形で主導権を握った。US Open公式の紹介も、フォアハンドの威力に加えて、素早いコート移動とフットワークを評価している。バックハンドは片手で、低く滑るスライスを多用。速いフォアと球速・弾道の異なるバックハンドを組み合わせ、次に攻める位置へ動いた。
サーブから相手を押し込み、続くフォアで仕留める展開も公式試合映像で確認できる。回り込むための足の速さと、攻撃後に反対側をカバーする動きは、ショット単体の威力と合わせて見たい。芝では低いスライス、ハードではサーブとフォア、クレーでは広いコートを走って攻撃へつなぐ動きが生きる。全豪4勝、全仏6勝、ウィンブルドン7勝、全米5勝という実績は、その対応力を具体的に表す。ベースラインを主な拠点としながら、短い球には前へ入り、コート全体を使って得点した。
全米オープンの好プレー集
全米の重要場面から、フォアハンド、スライス、フットワークを見る。気質・人物像
勝負への向き合い方は、本人の発言から見ることができる。1999年全仏の優勝について、グラフは自身のキャリアで最も予想していなかったGSタイトルだったと振り返った。同年の引退についても、ウィンブルドン後に競技の楽しさを感じられなくなったと説明している。大きな結果を残した年にも、自分が感じていた驚きや競技への気持ちを言葉にしていた。
Children for Tomorrowの本人インタビューでは、戦争を経験した子どもたちの苦痛は見過ごされやすいこと、早く支援につなげたいことを語る。競技時の表情だけで寡黙・謙虚と性格を決めるより、こうした公の発言と継続している活動から人物像を捉えたい。
Steffi Graf - Lifestyle and Life After Tennis
テニス選手としての歩みと引退後の暮らしを紹介する、Tennis Tiebreakが公開した人物紹介動画。オフコートの素顔
現役中の1998年、グラフはChildren for Tomorrowを設立した。戦争や迫害、暴力を経験した子どもや若者と家族への支援に取り組む財団で、ハンブルクの医療関係者との協力から始まった。設立25周年の本人インタビューでは、ハンブルクを訪れ、チームや協力先と意見を交わしていることが紹介されている。学校へ出向く支援にも取り組み、相談や治療につながりにくい子どもへ届く方法を探している。
2001年にはアンドレ・アガシと結婚し、二人の子どもを持つ。家族に関する記述は公表された範囲にとどめ、ここでは現役時代から続けてきた社会活動を中心に扱う。
使用ギア
歴史資料・中古商品確認:2026年11月3日。本人の使用記録と、市販中古品の状態・仕様を区別しています。

ラケット(歴史的使用モデルの記念版)
Dunlop MAX 200G ゴールデングランドスラム記念モデル
国際テニス殿堂は、1988年全米オープン優勝時にグラフが使用したMAX 200Gを収蔵しています。紹介品は、その年の四大大会と五輪制覇を記念して発売されたモデルと販売店が説明する市販品です。アクトス楽天市場店の商品番号B-19197で、販売店評価はS:新品同様・未使用品。ただし印字が薄く、グリップエンドにクラックがあると明記されています。販売店表示は85平方インチ・27インチ・SL2・実測335gで、発売当時のケースとストリング付き。本人の実使用品や殿堂収蔵品とは区別して紹介しています。 殿堂収蔵資料
ラケット(現役後半)
Wilson Pro Staff 7.1
国際テニス殿堂の資料に、1999年全仏オープン決勝で使用したWilson Pro Staff 7.1が記録されています。当時モデルと一致する販売商品は今回特定できていないため、購入リンクは設けていません。現行Pro Staffや、販売店が本人使用モデルとの違いを明記するPro Staff 7.0 110とは区別します。 殿堂収蔵資料
ガット/ストリング
ナチュラルガット(収蔵品の記載)
1988年全米オープンで使用したMAX 200Gの収蔵資料には、ガット(gut)製ストリングと記載されています。銘柄・製品型番・太さ・テンションや、全キャリアで同じ設定だったかは確認できていません。市販品との照合ができないため購入リンクは設けていません。 材質の記載
シューズ・ウェア
当時の着用品との一致は未確認
今回、本人が大会で着用した製品と同一型番の販売商品は特定できていません。別モデルや復刻・関連商品への購入リンクは設けていません。
中古品は状態・価格・在庫が変動し、複数店舗での在庫共有により欠品となる場合があります。現物写真や販売条件は購入先でご確認ください。
情報源
- WTAプロフィール
- WTA大会別成績
- International Tennis Hall of Fame
- US Open公式キャリア紹介
- Roland-Garros公式1999年決勝
- Roland-Garros公式引退時の本人発言
- WTAモニカ・セレス略歴
- WTA世界1位記録の更新
- Children for Tomorrow本人インタビュー
- Wilson公式Pro Staffの歴史
- Tennis Canada片手バックハンド解説
- LeMO / Haus der Geschichte略歴
- 写真出典
- 写真ライセンス
- 既存公式動画
- 既存公式動画
- 既存公式動画
- 人物紹介動画|Tennis Tiebreak|Steffi Graf - Lifestyle and Life After Tennis
- 今回の成績照合|WTAプロフィール(統計欄)
確認日:2026年10月6日



