日本を代表する元プロテニス選手。ボールを早いタイミングで捉える「ライジング」を武器に、1995年には日本人女子として当時の最高位となる世界ランキング4位に到達した。四大大会では全豪(1994年)・全仏(1995年)・ウィンブルドン(1996年)でベスト4に進出。1996年に一度は現役を引退したが、2008年に37歳で現役復帰(当時の登録名はクルム伊達公子)を果たし、40代までプレーを続けた。2017年に2度目の現役引退をした。
プロフィール
| ツアー | 女子(WTA) |
|---|---|
| 時代区分 | 1990年代・2010年代 |
| ステータス | 引退 |
| 国籍 | 日本 |
| 生年月日 | 1970-09-28 |
| 身長 | 163 cm |
| 利き手 | 右利き |
| バックハンド | 両手打ち |
| 自己最高ランキング | 4 位 |
| 四大大会シングルス優勝 | 0 回 |
| 四大大会 成績 | 四大大会優勝なし。最高成績はベスト4(1994 全豪・1995 全仏・1996 ウィンブルドン) |
| ツアー優勝 | ツアーシングルス通算8勝 |
プレースタイル・人物像
アグレッシブ・ベースライナー
バウンド直後の上がり際を叩く「ライジング」を武器に、小柄な体格ながら格上のパワーヒッターと真っ向から渡り合った。速いタイミングでボールを捉えることで相手から時間を奪い、コートを広く使って崩す。グラフやナブラチロワら世界のトップと互角に競り合い、日本人女子として世界4位まで上り詰めた。
気質・人物像
物静かな佇まいの内に、強い意志と粘り強さを秘めた選手として知られる。キャリアハイの世界4位を記録した現役の絶頂で、1996年に一度は引退したが、2008年に37歳で現役復帰。40代までプレーを続けたその姿は、年齢の壁に挑む象徴として多くの人を勇気づけた。
オフコートの素顔
京都市の出身。1990年代前半、日本人選手が世界の上位で戦うことがまだ珍しかった時代に、四大大会で幾度もベスト4に進出し、日本の女子テニスの地平を切り開いた。一度目の引退から12年を経ての復帰は「再チャレンジ」と語られ、その挑戦は日本テニス界に大きな刺激を与えた。
使用ギア
| ラケット | 引退記念モデルにもなったヨネックス「ASTREL(アストレル)」は、伊達自身が打球感にこだわって共同開発したラケット。柔らかな打球感と球持ちの良さを重視し、ライジングで先手を取る彼女のテニスを最後まで支えた。 |
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※ 上記のギア情報は2017年(引退時)のものです。現在は異なる場合があります。
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アイキャッチ写真: Photo by Diliff / CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

