PR

マルティナ・ナブラチロワ

マルティナ・ナブラチロワ 1970年代
本記事にはアフィリエイト広告(プロモーション)が含まれます。
No. 1自己最高
18四大大会優勝
WTAツアー
’70s·’80s·’90s時代
引退ステータス
マルティナ・ナブラチロワ 本人の公式アカウント

旧チェコスロバキア出身(後にアメリカ国籍)の元プロテニス選手。卓越したサーブ&ボレーを武器に、ウィンブルドンを女子最多の9度制するなど四大大会シングルス18勝を挙げた。ライバルのクリス・エバートとの対戦は女子テニス史に残る名勝負として知られる。シングルスは1994年に退いた後も、ダブルスで長く活躍した。

プロフィール

ツアー女子(WTA)
時代区分1970年代1980年代1990年代
ステータス引退
国籍アメリカ(旧チェコスロバキア出身)
生年月日1956-10-18
身長173 cm
利き手左利き
バックハンド片手打ち
自己最高ランキング1 位
四大大会シングルス優勝18 回
四大大会 成績18勝:ウィンブルドン9・全米4・全豪3・全仏2
ツアー優勝ツアーシングルス通算167勝(オープン化以降 歴代最多)
主要タイトルWTAファイナルズ(年間王者決定戦)8回(史上最多)

プレースタイル・人物像

サーブ&ボレー

積極的にネットへ詰めるサーブ&ボレーを武器に、女子テニスに攻撃的なスタイルを持ち込んだ。卓越した身体能力とネットでの反応の速さで、相手に考える時間を与えない。加えて、体系的なフィジカルトレーニングと食事管理をいち早く取り入れ、アスリートとしての節制を女子ツアーに定着させた先駆者でもある。その徹底した自己管理が、30代半ばまでシングルスの第一線を保ち、ダブルスでは40代まで現役を続けた驚異的な長寿キャリアを支えた。

気質・人物像

信念を曲げない率直さで知られ、思うところを臆せず発言してきた。早くから自らの性的指向を公表した先駆的なアスリートであり、その後も一貫して人権やLGBTQの権利のために声を上げ続けている。強い意志と行動力が、コート内外での存在感を形づくった。

オフコートの素顔

旧チェコスロバキア出身。1975年、18歳のときに出場中だった全米オープンの地で母国を離れ、アメリカへの政治亡命を申請。1981年にアメリカ市民権を得た。共産圏からの亡命という大きな決断は、彼女の人生を象徴する出来事となった。生涯のライバルであるクリス・エバートとは、コートを離れれば深い友情で結ばれたことでも知られる。

使用ギア

ラケットYonex
ナブラチロワはキャリア後半にヨネックスを採用。サーブ&ボレーとネット際の反応を武器にした、彼女のオールラウンドなプレースタイルを支えた。

※ 上記のギア情報は1994年(シングルス現役時点)のものです。現在は異なる場合があります。

アイキャッチ写真: Photo by Hans van Dijk (Anefo) / CC0, via Wikimedia Commons

同世代の選手

同じ国の選手

関連コラム

タイトルとURLをコピーしました