No. 1自己最高
9四大大会優勝
WTAツアー
’90s時代
引退ステータス
旧ユーゴスラビア出身(後にアメリカ国籍)の元プロテニス選手。両手打ちの強打を武器に10代で頭角を現し、四大大会シングルス9勝を挙げた(うち8勝はユーゴスラビア代表、1勝はアメリカ代表として)。1993年には試合中の刺傷事件で長期離脱を余儀なくされたが、その前後を通じて世界の頂点に立った。2003年を最後に実質的に現役を退き、2008年に正式引退した。
プロフィール
| ツアー | 女子(WTA) |
|---|---|
| 時代区分 | 1990年代 |
| ステータス | 引退 |
| 国籍 | アメリカ(旧ユーゴスラビア出身) |
| 生年月日 | 1973-12-02 |
| 身長 | 178 cm |
| 利き手 | 左利き |
| バックハンド | 両手打ち |
| 自己最高ランキング | 1 位 |
| 四大大会シングルス優勝 | 9 回 |
| 四大大会 成績 | 9勝:全豪4・全仏3・全米2 |
| ツアー優勝 | ツアーシングルス通算53勝 |
| 主要タイトル | WTAファイナルズ 3回/五輪シングルス銅(2000 シドニー・アメリカ代表) |
プレースタイル・人物像
アグレッシブ・ベースライナー
フォア・バックともに両手打ちという珍しいスタイルから、フラットで強烈な打球を早いタイミングで叩き込む。鋭いアングルと正確さ、そして特徴的なうなり声とともに、相手に反応する間を与えない攻撃的なテニスで一時代を築いた。10代にして四大大会を次々と制し、1990年代前半の女子ツアーを支配した。
気質・人物像
コートでは恐れを知らぬ攻撃性を見せる一方、素顔は明るく前向きな人柄で知られた。キャリアの絶頂で受けた不幸な出来事からの長い療養と復帰の道のりでは、静かな勇気と粘り強さを示し、多くの人の共感を呼んだ。
オフコートの素顔
旧ユーゴスラビアのノビサドに生まれた。1993年、ハンブルクの大会中に観客から背中を刺されるという痛ましい事件に見舞われ、心身の回復に2年あまりを要した。それでも競技へと戻り、1996年の全豪オープンを制して復活を印象づけた。のちにアメリカの市民権を得て、アメリカ代表としてもプレーした。
使用ギア
| ラケット | Yonex SRQ Ti-800 Pro Long 両手打ちを左右で繰り出すセレスのパワーテニスを支えたヨネックスのフレーム。通常より長いロング設計が、伸びのあるフラットな強打を後押しした。 |
|---|---|
| ウェア | Yonex ヨネックスのウェアを着用した。 |
※ 上記のギア情報は2003年(現役最終時点)のものです。現在は異なる場合があります。

