No. 1自己最高
5四大大会優勝
WTAツアー
’90s·’00s時代
引退ステータス
スイス出身の元プロテニス選手。正確なショットと巧みな戦術眼を武器に、1997年に史上最年少で世界ランキング1位に到達した。四大大会シングルス5勝を挙げ、ダブルスでも数々のタイトルを獲得。数度の引退と復帰を経て、2017年に現役を退いた。
プロフィール
| ツアー | 女子(WTA) |
|---|---|
| 時代区分 | 1990年代・2000年代 |
| ステータス | 引退 |
| 国籍 | スイス |
| 生年月日 | 1980-09-30 |
| 身長 | 170 cm |
| 利き手 | 右利き |
| バックハンド | 両手打ち |
| 自己最高ランキング | 1 位 |
| 四大大会シングルス優勝 | 5 回 |
| 四大大会 成績 | シングルス5勝:全豪3・ウィンブルドン1・全米1(ダブルスでも多数のグランドスラム制覇) |
| ツアー優勝 | ツアーシングルス通算43勝 |
| 主要タイトル | WTAファイナルズ 2回(1998・2000) |
プレースタイル・人物像
オールラウンダー
パワーではなく、卓越したコートセンスと先を読む戦術眼で勝負するタイプ。相手の返球を予測して先回りし、多彩な配球とネットプレーで的確に崩す。その頭脳的なプレーは「まるで未来が見えているよう」と評された。1997年には16歳で史上最年少の世界1位となり、シングルスとダブルスの両方で頂点を極めた。
気質・人物像
天才少女として早くから注目を浴び、明るく物怖じしない性格で知られた。テニスのレジェンド、マルティナ・ナブラチロワにちなんで名づけられたという逸話も有名だ。ケガに悩まされた時期を経てもなお、ダブルスを中心に何度も第一線へ返り咲く芯の強さを見せた。
オフコートの素顔
1980年、当時のチェコスロバキア(現スロバキア)のコシツェに生まれた。チェコスロバキアのトップ選手だった母メラニー・モリトーにテニスを学び、母は長くコーチも務めた。スイスを拠点に育ち、「スイス・ミス」の愛称で親しまれた。シングルスの引退後もダブルスで世界の頂点に立ち続けた。
使用ギア
| ラケット | Yonex RD-70 Long ヒンギスは14歳でヨネックスと契約し、キャリアを通じて同ブランドを使い続けた。1997年に史上最年少で世界1位へ駆け上がった当時の相棒がこのRD-70 Long。パワー勝負ではなく、精緻なコントロールと高いテニスIQで相手を操る彼女のスタイルを支えた。 |
|---|
※ 上記のギア情報は1997年頃(シングルス絶頂期)のものです。現在は異なる場合があります。
アイキャッチ写真: Photo by si.robi / CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

